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【銘無しの名無し:日常の断片1/2】

大広間には他の刀剣たちが和気藹々と朝食を摂っている。僕が広間に入ると大体の刀剣は挨拶をしてくれる。理想の家庭っぽい雰囲気。まだここに来て日が浅いとはいえ、そろそろこの空気に慣れないと精神的に持たない。別に疎外されてるわけではないのだが、なんだか居心地の悪さを感じる。 ぎねさんの隣に腰を下ろす。みんなより一足遅く膳に手を合わせ、味噌汁を一口すする。結構熱いもんで少し意識が覚醒する。

「相変わらず、眠たそうだな」

味噌汁の具を咀嚼しながら考え事をしていると、目の前にいるたぬきさんがそんな事を言ってきた。考え事は置いておいてひとまず、会話と食事に興じ ることにする。

『事実、眠たいですし』 「ったく、ガキじゃねぇんだからちゃんと自分で起きるぐらいしろよ」 『僕多分最年少ですからガキですよ』

気の無い返事にやれやれと溜息をつく彼をよそに、おかず、ご飯と頬張る。魚が思っていたよりしょっぱいのでおつゆをそのまま流し込んだ。

「そんなことより、後で手合わせに付き合えよ。どうせ特にすることもねぇしな」 『まぁ良いですけど。なんで僕?他に強いやつわんさか居るじゃないですか』 「卑屈になるなよ。めんどくせぇ」 『面倒なら関わらんでもええんですよ?』

我ながら、自分めんどくせぇ、と思うわけだが仕方ない。これは主の性格だし。口が滑ったとは いえ、不愉快な言葉には違いないので咳払いを一つして話を続ける。

『・・・そもそも今日は“どれ”なのか分からないですし』 「んなのなんでもいい」 『・・・敵の情報は大事ですよ?』 「関係ないね。俺は何であろうとぶった切るだけだ。じゃあ飯食い終わったら道場で待ってっから早く来いよ」

それだけ言うと無言になる。 全く。たぬきさんは危なっかしい。まぁでも、強いから問題ないのかもしれない。罠があっても罠ごと踏み抜いて目標を斬り殺しそうだし。そう考えると恐ろしいが、同時に頼もしくもある。彼の細かいことを気にしない性格が僕が付き合いやすいと感じる理由なのかもしれない。 ・・・などと、馴れ馴れしくそんな分析をしてみるが 意味があると思わないので途中で考えるのをやめた。

* * * * * *

部屋に戻る。 審神者さんがわざわざ空き部屋を作ってくれたのだ。僕は別にみんなと同じ部屋でもよかったんだけど、皆さんからしたらよろしくなかったらしい。そんなこんなで、なにに使われていたのかは分からないけど、まだ藺草のにおいが残っているので比較的新しいこの部屋を私室として使わせてくれることになった。この部屋は一人が寝泊まりするにはちょうど良い狭さで、位置の関係で殆ど光は入らないし大間とは離れているので比較的静かだ。要は、安眠に持ってこいな条件が整っている。

部屋の襖を開ける。 襖か ら差し込む光が照らすのは机の上には二振りの短刀。

あぁ、今日は短刀なのか。

短刀であればたぬきさんを楽しませてあげられる。なにせ、僕の一番扱いが得意な武器なんだから。 最近は結構な頻度で長物を扱っていたし。・・・苦手なんだよねぇ。大太刀はともかく、槍とか太刀はどうもうまく扱えない。まだまだ器量が足りないのかも。特訓が必要だ。

短刀を手に取り、鞘から抜いてみる。 怨念のせいなのか何なのか分からない。自分でも不思議なのだが、僕が扱う刀剣はすべて刀身が黒い。刀身だけじゃないが。まるで、影で出来ているように真っ黒。切れ味が宿っているのか怪しいところだが、切れなかったことは今までないので問題ない けれども。

「おい。はいるぞー」

ホルダーに短刀を納めたところで不動さんが部屋に入ってくる。彼は相変わらずだるいオーラとほのかな酒気を纏っている。お使いを頼まれてよほど面倒なのかだるそうな口調を隠すことなく、間髪入れずに用件を話し始める。

「主が呼んでる。今すぐ来いだとよ・・・ヒック」

・・・とのことだった。 これからたぬきさんと楽しい楽しいお手合わせと洒落込むはずだったのになぁ。刀剣同士での呼び出しだったら無視するんだけど、審神者さんとなると呼び出しとなると無視は出来ないし。そうは言っても、気が進まないのは事実なんだよな。

『えぇー。今じゃなきゃ駄目ですか? 』 「そりゃそうだろうよ」

不満を不動さんに漏してみても素っ気ない返事しか帰ってこなかった。どうしようか考えていると、不動さんがさっさと立ち去ろうとしたので、僕は彼の背中に話しかける。

『んー。分かりました。じゃあ不動さん、道場にいるたぬきさんにお手合わせに遅れる旨を伝えてきてください。頼みましたよ』

それだけ言って小走りで彼を追い越しながらもう一度振り返って『・・・頼みましたからね?』と念を押した。離れに向かって全力で走る。 ・・・後ろで何か言ってるが、走って逃げているのでうまく聞こえない。聞く気も無い。さしずめ「はぁ?なんで俺がそんなことしなくちゃ・・・おい待て!ヒック」って感じだろう し。

・・・いやまぁ、本当は聞こえてたけど。

* * * * * *

離れに辿りつく頃にはゆっくりと歩いていた。 部屋の前に立つと襖の奥からは声が聞こえる。審神者さんのと、もう一人知らない人間の声。なにを話しているかはくぐもっていて聞こえない。盗み聞く気もないけれど。 少し襖を開けて中に声を掛けてから、次に大きく襖を開く。

『失礼しますよー。・・・審神者さん、僕になにかご用ですか?』

とりあえず、そのまま襖を開けると二人は僕の方を注視する。知らない方の人間は老人だった。しかも顔見知りだった。まぁ、顔見知りとはいえ、×が話すのは初めてなん だけれども。 とにかく、なんとも言えない空気が痛い。 え?なにかいけなかったかな?タイミング悪かったのかな?

「―――君は、やっぱり、**・・・なのか?」

審神者さんは聞きにくそうに僕にそういった。 二つの音を僕はノイズ音で音がぶれて認識できない。これは審神者さんの霊力の関係もある訳だけれど。・・・けれど聞こえなくても分かる。その小さな言葉はある一種の固有名詞。今の僕がとても影響を受けている人間の名前。

―――それが、どうかしたのか。いや、言わんとしていることは分かっているけれども。 けれども、そんな意図なんか汲んでやらない。

『・・・僕には聞こえませんし、分かりませんね』

「おぬしは**じゃあないのか?」 『ですから、それを僕は認識出来ませんし何のことだかさっぱりですね』 「・・・あやつと同じ霊気を感じるな。こんな偶然はあるまいて」

老人は訝しげに僕を見上げる。僕はなにも感じないままに老人を見下ろす。

―――そりゃあ、そうだろうね。霊気が同じというのは、偶然じゃない。むしろ必然だ。 ×はあの子に霊気を依存してる。じゃないと、×もあの子も消える。×が消えるのはいいけど、それじゃあこの状況に身を投じている意味が無い。・・・あの子にはとても嫌がられるとは思うが。

「・・・御当主、この子はきっとなにも、知らないんだと思います。・・・自分のことも、分からないんですから 」

意外なことに、いつもの柔らかい雰囲気とは打って変わって強い口調でぴしゃりと言い放った。柄にもなく驚いたもんで、審神者さんのほうに目線を移す。

「とにかく、この子はうちの本丸で預かります。政府がなんと言おうとも。それで良いよね?それとも、ここは嫌?」 『・・・え。あ、そんなことは無いですけど』 「・・・ふん。好きにせい」

僕がなにも言わないうちに話は決まってしまったようで、老人はため息を零すと部屋からいそいそと出て行った。どことなく、部屋に取り残されたような感覚に陥る。 いや、決してそんなことはないのだけれど。

そんな僕をよそにバツが悪そうに審神者さんは微笑む。

「・・・ごめんな?何度も同じ事言わせちゃって」 『別に気にしてませんよ』

分かっていたことだし。

『ところで、僕に用事ってあれだったんですか?』 「まぁ、それもあるんだけど本題は出陣についてなんだ。今日の刀剣は?」 『あー、今日は短剣です』 「そっかそっか。じゃあちょうど良い。ちょっと三条大橋に行って欲しいんだ。・・・誰か一緒に行きたい人とか居る?」 『なんでそんなこと訊くんです?僕は審神者さんの決定であれば異論はありませんよ?』

これは本当。自分で決めるの面倒だし。人選はやっぱりリーダー格である審神者さんが決めるべきそうすべき。

そこに私情云々を挟むべきじゃない。そもそも、仕 事とか義務に私情を絡ませるなんて、かえって辛くなるだけだ。

「そう?本当に?」 『な、なんですか?』 「いや。なんとなくまだ居づらさを感じてるのかなーって思っただけだから」 『そんなことないですよ。この本丸は温かくて安心します』

・・・言ってる自分が一番むなしくなる。 阿呆か。僕は。

「それなら、いいんだ。じゃあ、編成決まったら声かけるから」 『はーい。じゃあ、失礼します』

上手く笑えてたと願いたい。図星を突かれて柄にもなく驚いちゃったし。

―――――・・・。

『・・・叔父さんにも気をつけないと、か。 ×は主、気持ち、知らない。そのまま。だから、せめて正体不明のままで』

言葉として認識をした瞬間、一気に気怠さが襲いかかってきた。そのまま空気に溶けてしまいそう。 その曖昧になっていく心地よさを振り切るために、繰り言のように何度も呟く。

『―――僕は、後悔なんかしない』

絶対に。

* * * * * *

【設定・補足】

・同田貫正国  第二部隊副隊長。御手杵同様、主人公のお世話係。主人公のことは好敵手として認識している。ほぼ毎日、内番じゃなくても手合わせに誘う。

・二 刀流(短刀)  主人公は短刀を二刀流で扱う。このときの主人公は凶悪。

・不動行光  第二部隊隊員。主人公にからかって遊ばれてる。たまに、地雷を踏まれて喧嘩になることも。

・審神者  三〇代の男。物腰柔らかな人。初期刀はまんば。主人公の正体に薄々勘づいてるが確証がないため、今は温かく見守っている。

・当主  じじい。主人公と関係あり。詳細不明。

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